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名古屋地方裁判所 平成8年(ワ)450号 判決

原告

外一名

原告ら訴訟代理人弁護士

伊神喜弘

原告ら輔佐人弁理士

樋口武尚

被告

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

中山孝雄

外五名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告甲に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成八年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告乙に対し、金一五一万五〇〇〇円及びこれに対する平成八年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

関税定率法(平成六年法一一八号による改正後のもの、以下「改正定率法」という。)二一条一項五号は、「特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権又は回路配置利用権を侵害する物品は、輸入してはならない。」と定めており、同条四項は、「税関長は、関税法第六章に定めるところに従い輸入されようとする貨物のうちに第一項第五号に掲げる貨物に該当する貨物があると思料するときは、政令で定めるところにより、当該貨物が侵害物品に該当するか否かを認定するための手続(以下「認定手続」という。)を執らなければならない。」と定めている。

本件は、実用新案権を侵害する物品が輸入されるおそれがあるとして、通達上定められている輸入情報提供書を提出していたにもかかわらず、税関長が認定手続を執ることなく、貨物の輸入を許可したことにより損害を被ったとして、実用新案権者及び通常実施権を得ていた者が、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項に基づき損害の賠償を求めた事案である。

(争いのない事実等)

一1  原告甲は、次の内容の実用新案権(以下「本件実用新案権」という。)を有している(甲一の二)。

考案の名称 工事現場用門型バリケードの据置台

出願日 昭和六二年六月二五日(実願昭六二―九七五三九)

公開日 平成元年一月一三日(公開平一―五九一三)

公告日 平成五年五月二一日(実用新案出願公告平五―一九三六四)

登録日 平成六年一月三一日(実用新案登録第二〇〇三八二六号)

2  本件実用新案権の登録請求の範囲は別紙登録請求の範囲記載のとおりである。

3  原告乙は、原告甲より本件実用新案権について通常実施権を得、本件実用新案権の実施品として工事現場用門型バリケードの据置台を販売している(弁論の全趣旨)。

二1  「知的財産権侵害物品の取締りについて」(平成六年一二月二八日付蔵関第一一九二号関税局長通達、以下「新通達」という。)は、実用新案権を有する者に、輸入差止情報提供書により自己の権利を侵害すると認める貨物に関する資料を提出することを認めている。

2  原告甲は、平成七年二月一日付で、本件実用新案権を輸入差止情報提供に係る権利として、次の内容を含む輸入差止情報提供書(以下「本件情報提供書」という。)を名古屋税関長に提出した。

(1) 専用実施権者又は通常実施権者いずれも設定なし

(2) 輸入差止情報提供を行う侵害物品の品名

商品名「バリスタン」、商品名なしで重量表示「7K」等の表示のみのもの等

(3) 真偽の識別ポイント

①工事現場用門型バリケードの据置台であること、②全体が鋳物であること、③全体が略直方体の台本体であること、④台本体の内部が中空であること、⑤台本体の角に複数の穴があること、⑥台本体が重合わせできる形状であること、の特徴を具備するもの。

(4) 添付資料

本件実用新案権の公報、真正物品の写真等

三  同年一二月一五日、名古屋税関金城埠頭出張所において、税関長に対し、輸入者丙、品名「鉄鋼製の重り」と記載された輸入申告書が提出され、右申告書に添付されていた仕入書には、商品説明として「標識等につける重り」と記載されていた。税関職員は、右輸入申告書によって輸入申告された物品(以下「本件輸入申告貨物」という。)が本件情報提供書によって認識していた本件実用新案権侵害物品に該当するか否かを確認する必要があると判断し、同月一八日に、本件輸入申告貨物の現品検査を行った。

その結果、本件輸入申告貨物は、①本件情報提供書添付の真正物品の写真と全体の形状、穴が四隅にある点、凹凸部分の形状の諸点において酷似していること、②バリスタンの商品名の表示、「7K」の表示があること、さらには③現品の感触等から鋳造品であることがそれぞれ判明し、税関職員は、本件輸入申告貨物が、本件実用新案権の技術的範囲に属する物品であると認識した。

四  税関職員は、同日、本件輸入申告貨物を取り扱っていた通関業者に対し、輸入者が権利者から同意書を取得しているか否かを確認するよう連絡した。

右通関業者は、同日、名古屋税関に対し、訴外株式会社丁が平成七年一一月二一日訴外株式会社丙に「7Kバリスタン」を発注した旨の発注書(乙三の二)、丁の取扱商品のパンフレット(乙三の三)及び「御通知書」と題する書面(乙三の一)の写しをそれぞれ提出した。右「御通知書」は、丁の代理人である後藤昌弘弁護士(以下「後藤弁護士」という。)が原告会社に宛てた平成四年八月五日付の内容証明郵便であり、丁が鋳物製バリケード台について先使用権を有しているとして、原告会社が丁の取引先に対して商品を取り扱わないように述べることは営業妨害行為であるとして、右行為をしないように警告したものである。

税関職員は、同日、本件情報提供書に鑑定に関する事項のみの連絡先として記載されていた樋口武尚弁護士に電話で確認した結果、原告らが、本件輸入申告貨物につき同意書を発行した事実はないとの回答を得た。

後藤弁護士は、同月一九日、名古屋税関に対し、「上申書」と題する書面、「確認書」と題する書面及び売上伝票を提出した。右資料のうち「上申書」と題する書面(乙四の一)は、後藤弁護士が作成したもので、その内容は、本件輸入申告貨物は丁の代表取締役が考案し、丁は昭和六二年四月から本件輸入申告貨物と同じ商品を販売しており、途中で商品名を「バリスタン」に変更したこと、原告甲は同一商品を「セフテムスタンド」という商品名で販売しているというものである。また、「確認書」と題する書面(乙四の二)は、丁が「セフテムスタンド」を昭和六二年三月から販売していた事実を確認する旨の丁の取引先の作成文書である。

五  名古屋税関長は、同月二〇日、丁は本件実用新案権について先使用による通常実施権を有しており、本件輸入申告貨物は、本件実用新案権を侵害する物品には該当しないと判断し、前記通関業者に対し、本件輸入申告貨物の輸入を許可した(以下「本件処分」という。)。

本件処分の結果、丁は、本件輸入申告貨物(二四〇〇ピース)を輸入した。

(争点)

一  税関長が認定手続を執らなかったことは、国賠法上の違法となりうるか。

(被告の主張)

公権力の行使に携わる公務員の権限不行使が国賠法一条一項の違法と評価されるのは、当該権限を行使する義務が、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務であることが必要となる。規制権限を定めた行政法規が個別の国民の権利利益の保護を目的としていない場合には、その規制権限を有する公務員が個別の国民との関係で権限行使の義務を負うことはなく、したがってその不行使が国賠法一条一項の違法と評価されることもない。

改正定率法上の知的財産権侵害物品の水際取締制度は、主として国内の経済秩序を維持し、産業の健全な発展に資するとともに、国際的な貿易取引の秩序を維持するという社会公共の利益を確保する目的から設けられたものである。そして、輸入差止情報提供に基づく職権による認定手続は、この知的財産権侵害物品に関する水際取締りの規制の実効を確保する趣旨から出たものにほかならない。少なくとも、輸入差止申立制度が採用されていない実用新案権侵害物品に係る水際取締りとの関係では、改正定率法は、前記の目的を超えて、知的財産権侵害物品を不法に輸入した輸入者の行為によって個々の実用新案権者が被る具体的な損害の防止、救済を直接的な目的とするものとは解されない。

したがって、職権発動を促す輸入差止情報提供に基づき認定手続の必要性を判断する場面において税関長が負担する義務は、水際取締りを効果的に実施し、前記の公益保護を実現するという観点から課される義務であって、実用新案権者等個々の国民との関係に対して負担する職務上の法的義務ではない。

以上より、税関長が認定手続を執らなかったことは、原告らとの関係において国賠法一条一項の違法と評価される性質のものではない。

(原告らの主張)

知的財産権侵害物品の輸入禁止制度に関する改正定率法二一条、二一条の二、同条の三は、世界貿易機関を設立するマラケシュ協定附属書一C「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(以下「TRIPS協定」という。)に基づく国内法の改正であるから、その解釈においても、TRIPS協定と一体不可分に解釈すべきである。

TRIPS協定は、私権たる知的所有権の保護の充実、強化を第一義にしているのであるから、改正定率法も、私権たる知的所有権の保護の強化を通じて社会公共の利益の確保を意図したものである。したがって、税関長が、改正定率法の規定に反し、認定手続を執らなかった場合には、国賠法一条一項の違法と評価される。

二 税関長が、認定手続を執らずに本件貨物の輸入を許可したことは違法か。

(原告らの主張)

1  本件において、名古屋税関職員は、認定手続を執ることなく、実質的輸入者である丁から、本件輸入申告貨物が本件実用新案権を侵害するかに関する資料を収集している。

しかし、認定手続において、権利者及び輸入者の双方から意見を聴取し、証拠を出させた上、改正定率法二一条一項五号に掲げる貨物に該当するか否か判断することになっていることからすると、法は疑義のある貨物については、いったんすべて認定手続を開始することを要求していると解される。

したがって、税関長が関税法六七条に基づく審査・検査の中で、当該輸入申告された貨物と輸入差止情報提供書に記載された物品とを比較して、当該知的財産権を侵害すると思料したときは、認定手続を開始しなければならない。

そして、税関長が、認定手続を執るか否かについて基礎とする資料は、輸入差止情報提供書に限られるべきである。そうでなければ、申立人と輸入者等の主張が対立し、当該輸入申告貨物について侵害物品か否か認定し難い場合は認定手続になる余地がないことになるし、認定手続の開始の段階で、税関長に広範な裁量権を付与すれば、事務はかえって遅滞することになるからである。何よりも輸入者において先使用権を主張したとき、認定手続を開始することなく、輸入者より提出された証拠のみに基づいて判断し、先使用権を認めて輸入が許可されるならば、権利者は侵害品が輸入されるという不利益を受けるのに、反対証拠の提出、意見提出の機会が保障されないこととなるからである。

2(一)  被告は、輸入情報提供書が提出されている場合には、輸入差止申立制度とは異なり、税関長が輸入申告貨物を特許権等の侵害物品であるか否か思料するにあたって、その判断資料の選択を含めて税関長に広範な裁量が認められていると主張している。

(二)  しかし、改正定率法二一条四項の文言は、「税関長は、……思料するときは、……認定するための手続を執らなければならない。」となっており、税関長が思料したにもかかわらず、認定手続を執るか否かの裁量を付与した規定と読むことはできない。

(三)  また、改正定率法二一条一項五号に掲げる知的財産権侵害貨物につき、認定手続が法定されたのは、TRIPS協定の発効に伴い、同協定の趣旨を実現するため、国境措置を強化し、もって権利者の行使の実現を図ったものにほかならない。

商標権、著作権及び著作隣接権(以下「商標権等」という。)の認定手続と、特許権、実用新案権、意匠権及び回路配置利用権(以下「特許権等」という。)の認定手続は、改正定率法二一条四項で一律に定められている。

同じ条文で定められた認定手続について、その要件、法的保護について差があるはずはない。このことは、「知的財産権侵害物品の取り締まりについて」(平成四年六月五日付蔵関第五一九号関税局長通達、以下「旧通達」という。)においては、商標権等の輸入差止申立書の受理と、特許権等の輸入差止申立書の受理の要件、その後の取扱いが全く同じであったこと、新通達においても、輸入差止申立書と輸入差止情報提供書の受理と受付について実質上差はなく、その後の取扱いも同じであり、区別できないことからも明らかである。

(四)  商標権等の場合で輸入差止申立をした者がいる場合には、税関長は、これらの者に対し、担保の提供を命じることができるとされている(改正定率法二一条の三)。右制度は、商標権が創作に対する奨励でなく、商標の同一性、類似性の有無の判断についてその境界が必ずしも明確でなく、著作権及び著作隣接権は何ら要式行為を必要としていないことから、権利侵害の有無の判定に困難を来す場合がある一方、商標権等の海賊行為が横行する実態の中で、商標権等の水際取締りの実効化を工夫したものである。このことは、担保の提供を命じる要件が、「損害の賠償を担保するため必要があるとき」とされていることからも明らかである。

他方、特許権等について右制度が採用されていないのは、右権利は国の審査制度の下に登録される独占的排他的権利であり、侵害の有無の認定に国が責任を持ちやすいし、また責任を持つ必要がある一方、右制度の採用は右権利保護の本旨に矛盾することになるからである。

したがって、右制度がないからといって、特許権等の権利者が認定手続において受ける保護が弱いということは断じてない。むしろ、改正定率法二一条の二、同条の三の申立手続及び申立てに係る供託の定めは、商標権等について担保制度を採用することによって、これら権利に内在する弱点を補完し特許権等の保護水準と同等にしたと解すべきである。

3  丁は、平成七年一二月一九日、名古屋税関に対し、「上申書」と題する書面を提出しているが、右書面で述べられているのは、意匠権について先使用権があるというものである。しかし、原告甲は、被侵害知的財産権として、本件実用新案権を記載しているのであるから、右上申書を前提としても本件実用新案権に対する侵害を否定しえない。

そして、丁が本件実用新案権について先使用権を主張したか否か、主張していたとしたらいかなる事実と証拠に基づくのか、「上申書」と題する書面からは不分明である。

4  以上のような事実関係のもとでは、改正定率法二一条四項所定の認定手続がなされるべきことは法の求めるところであり、仮に実質的輸入者である丁に、本件輸入申告貨物が本件実用新案権を侵害しないとの主張があるとしても、それは認定手続において関税定率法施行令六一条の三第一項、二項及び新通達に定められたルールにしたがってその当否が認定されるべきであった。

したがって、認定手続を欠いたままなされた本件処分の違法性は明確である。

(被告の主張)

1  認定手続を開始するか否かは、税関長が、当該輸入物品を侵害物品と「思料する」か否かの判断に係るものである。そして、どのような場合にこの判断が違法となるかということを考えるに当たっては、以下のような制度的な限界や利益状況を考慮する必要がある。

(一) 侵害物品と思料するか否かの判断に関しては、その文言自体が税関長の裁量を予定していると解される。

(二) 知的財産権侵害物品の水際取締りは、主として、国内の経済秩序を維持し、産業の健全な発展を維持するとともに、国際的な貿易秩序を維持するという公益保護を目的とした制度である。

(三) 輸入差止情報の提供があったとしても、一方で、輸入者は、輸入に伴う経済的利益の早期実現を強く期待しているのであって、税関長としては迅速に輸入の拒否を決しなければならない立場に置かれているところ、知的財産権侵害物品の水際取締りについては、膨大な貨物が輸入申告され、税関は限られた人的・物的設備をもって、最大限の努力を払っている現状にある。また、特許権や実用新案権については、侵害判定は一般に容易ではなく、税関はあくまでも行政機関であって司法機関ではないことから、税関に裁判手続と類似の機能を期待するのは困難である。

(四) 権利者から輸入差止情報の提供を得るのも、権利者が当該権利についての情報を最も多く有しているとの観点から、その情報を提供してもらって、水際取締りを少しでも効率的に実施し、公益保護という税関に課せられた使命を実現するためにほかならない。

(五) 輸入差止情報提供に基づく場合は、輸入差止申立に基づく場合と異なり、認定手続を経て輸入の当否を検討することに伴って生じる輸入者の経済的損失を填補するための担保制度が存在していない。

(六) 仮に、侵害物品が輸入許可されても、実用新案権を有する者は、自己の利益を侵害する輸入者等に対し、損害賠償請求訴訟を提起するなどして経済的利益を回復することができるのであり、経済活動に伴う私的利益の実現という視点からは、むしろこの手段の方が本筋であると解される。

2  以上のような制度的な限界や利益状況に鑑みると、税関長が侵害物品と思料するか否か、ひいては認定手続を開始するか否かの判断に関しては、いかなる判断資料をだれから、どのように収集するのかについて、当然のことながら税関長に広範な裁量が認められ、右判断資料も、疎明が可能な程度のもので足りる。

また、侵害物品であることの疑いが相当程度認められない限り、「疑わしきは輸入者の利益に」といわれているように、国民の財産権の保護を考慮し、侵害物品と思料せずに輸入を許可すべきである(なお、被告は、侵害物品に該当するか否かの判断においても、税関長に広範な裁量が認められるという主張もしている。)。

この点、原告らは、税関長が認定手続を執るか否かを決定する際には、輸入差止情報提供書に記載してある以外の資料に基づき特許権等の侵害の有無について判断する余地はなく、それは認定手続の過程でなされるべきだと主張している。しかし、右のような運用をすれば、まさに輸入通関手続において、司法判断を経ずして一時的差止めを容認するに等しい結果を頻繁に招き妥当でない。

3  本件で、税関職員が、通関業者に対し、輸入者が権利者から同意書を取得しているか否かを確認するよう連絡したのは、輸入者が実用新案権者から輸入に関する同意書を徴している場合等は、たとえ輸入申告貨物が侵害物品に該当する外観を呈していても侵害物品にならず、したがって、認定手続を執る必要がないからである。

右連絡の結果、税関職員の下に、発注書及び「御通知書」と題する書面の各写しが提出されたが、その結果、本件輸入申告貨物は丁が株式会社丙に依頼したものであって、実質的な輸入者は丁であると伺われ、丁が製造又は販売している鋳物製バリケード台と、本件実用新案権の実施品である原告会社が販売する鋳物製バリケード台は類似していること、そして右バリケード台に関して、従前から両者の間で先使用権をめぐる問題があることが判明した。

また、その後、「確認書」と題する書面、「上申書」と題する書面及び売上伝票の各写しにより、丁が鋳物製バリケード用スタンドを考案し、昭和六二年三月以降、商品名を「セフテムスタンド」として製造したが、後に何らかの理由により、商品名を「バリスタン」に変更したことが明らかとなった。

以上のことから、本件輸入申告貨物が原告甲の実用新案権の形状、構造を有しているのみならず、丁が昭和六二年三月以降製造を始めたバリケード用スタンドも、その名称等から輸入申告貨物と同じ形状・構造を有するものであって、原告甲が有する実用新案権と同じ形状・構造を有すると判断した。

ただし、右「上申書」と題する書面は、意匠権に関し先使用に基づく通常実施権を有する旨の上申書であったので、実用新案権に関して先使用権が認められるか否か、念のため電話で照会したところ、後藤弁護士からは、実用新案権についても先使用権がある旨の回答があった。また、樋口弁理士からは、実用新案権の出願日以前に同一形状の製品を製造販売している事実が証明できれば、先使用権が認められる旨の回答があり、同日中に、同旨の内容のファクシミリが送付されてきた。

以上のような一応の合理的な資料に基づいて、税関長は、①丁の考案物件が本件実用新案権に係る考案と形状、構造等において同一であること②原告甲の本件実用新案権の出願日である昭和六二年六月二五日以前において、丁が、右考案に係る鋳物製バリケード台について製造販売の事業を実施していたこと③丁の考案が原告甲の考案とは別個に先になされたことについて確認し、丁に当該輸入貨物についても先使用による通常実施権があり、本件輸入申告貨物は実用新案権を侵害しないと判断した上で、認定手続を執る必要はないとの判断に達したものである。

以上の判断資料からすれば、税関長が輸入者において先使用権を有するとの疑いを抱くことは無理からぬことである。したがって、また、本件輸入申告貨物について、侵害物品であることの疑いが相当程度認められないとして輸入を許可した税関長の判断に何ら違法はないというべきである。

4  よって、税関長が認定手続を執ることなく、本件輸入申告貨物の輸入を許可したことが国賠法一条一項の違法を構成することはない。

三 原告らに損害が発生しているか。

(原告らの主張)

税関長が認定手続を執り、原告らに対し、弁明若しくは反対証拠の提出を求めれば、丁に本件実用新案権について先使用に基づく通常実施権はないということが判明したはずである。したがって、税関長が認定手続を執ることなく、本件処分をしたことにより、原告らは、以下の損害を被った。

1  原告甲について

慰藉料 一〇〇万円

2  原告会社について

(一) 消極損害 一〇〇万円

ただし、輸入量(二〇〇〇個)を一個あたりの利益(五〇〇円)で乗じたもの

(二) 弁護士費用 五一万五〇〇〇円

(被告の主張)

丁は、実体としても、本件実用新案権に対して、先使用による通常実施権を取得しているから、税関長が認定手続を執ることなく本件輸入申告貨物の輸入を許可したことは、結果としても適正なものであって、これによって原告らが損害を被ったといえない。

第三  争点に対する判断

一  争点一について

法令に公務員の作為義務が定められている場合、その権限不行使によって国民に損害を与えた場合には、原則として、国賠法上の違法があるというべきであるが、被告は、公権力の行使に携わる公務員の権限不行使が国賠法一条一項の違法と評価されるのは、当該権限を行使する義務が、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務であることが必要であるとして、関税定率法上の知的財産権侵害物品の水際取締制度は、主として国内の経済秩序を維持し、産業の健全な発展に資するとともに、国際的な貿易取引の秩序を維持するという社会公共の利益を確保する目的から設けられたものであって、輸入差止情報提供等に基づく職権による認定手続も、水際取締りの規制の実効を確保する趣旨から出たものにほかならず、実用新案権者等個別の国民が被る具体的な損害の防止、救済を直接的な目的とするものではないから、認定手続を執らなかったとしても、国賠法上違法とされる余地はないと主張する。

しかしながら、公権力の行使や不行使は、直接の相手方に対してのみならず、それに関係する国民に対して様々な影響を及ぼすものであり、その内には公務の執行上被らせた損害として賠償を認めるのを相当とするものがあることを否定することはできない。このことからすると、単に、法令が特定個人の利益を保護することを目的としているかという観点だけから、作為義務違反が違法かどうかを決することはできない。

国賠法上の違法性を判断するに当たっては、その損害につき国に賠償責任を負わせるのが妥当かどうかという観点から、行政庁が法令によってどのような権限が与えられているか、権限を行使しないことによって国民に生じる損害の性質・程度はどのようなものか、権限行使によって損害を防止することの期待可能性があるか等の諸事情を総合的に判断して決定されるべきである。

職権による知的財産権侵害物品の水際取締りは、国内の経済秩序を維持し、産業の健全な発展を維持するとともに、国際的な貿易秩序を維持するという公益保護を目的として行われるものであり、認定手続が執られるのは、取締手続の透明性、明確性を確保するためである。しかしながら、右制度目的である「国内の経済秩序の維持」や「国際的な貿易秩序の維持」は、具体的な通関手続の場において、侵害物品の自由市場への解放を阻止し、もって個人の有する知的財産権を侵害から保護する結果をもたらすことによって、初めて達成されるものであり、かかる意味において水際取締りが個々の知的財産権者の利益の保護に全く関連がないとはいいきれない。

そして、職権による取締りであっても、当然に取り締まるべきにもかかわらず、職権を行使しないなどして、輸入を禁止すべき物を通関させた場合には、国内市場へ当該物品が出回ることになるが、これは権利者に損害を与える結果となり、権限不行使の瑕疵の程度如何によっては、国賠法上の違法を肯定でき損害の賠償を認めるのを相当とする場合がありうると思われる。

よって、本件の場合、税関職員の行為におよそ国賠法上の違法性がないとの被告の主張は採用できない。

二  争点二について

1  関税定率法改正の経緯

証拠(乙九、一〇、一二)と弁論の全趣旨によれば、関税定率法改正の経緯に関し以下の事実が認められる。

(一) 我が国では、従来、知的財産権侵害物品の水際取締りについて、関税定率法(平成六年法一一八号による改正前のもの。以下「改正前定率法」という。)二一条一項四号で「特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権を侵害する物品」貨物は輸入してはならないと定め、同条二項で「税関長は、前項……第四号に掲げる貨物で輸入されようとするものを没収して廃棄し、又は当該貨物を輸入しようとする者にその積みもどしを命ずることができる」と定めるのみで、専ら職権による取締りが行われてきた。

取締りの運用方針として、昭和四一年五月三一日付関税局長通達蔵関第五二二号「無体財産権侵害物品に対する輸入差止申立の手続等について」が発せられたが、これは、権利者が当該権利についての情報をもっとも多く有しているとの観点から、その情報を提供してもらって水際取締りを少しでも効率的に実施することを目的としたものであり、右通達により知的財産権の権利者が税関に提出する輸入差止申立書は、税関長が取締りをする上での一つの情報提供にすぎず、申立に係る知的財産権侵害物品が輸入申告されたと認められた場合でも権利者には何ら通知はされなかった。

(二) その後、改正前定率法の下で、水際取締手続の明確化を図るため、平成四年九月一日、前記通達が廃止され、代わって旧通達が実施された。旧通達では、知的財産権の権利者等は、税関に対し、知的財産権侵害物品輸入差止申立書を提出することができ(旧通達3(1))、税関が疑義物件を発見した場合には、輸入者等に対して当該物品が疑義物品である旨、権利者等に対しては疑義物品が発見された旨を各々連絡し、それぞれに対し、認定上参考になる資料の提出を求めることができるとされ(同7(1))、侵害物品の疑いが相当程度認められる場合には、輸入者等にその旨連絡し、同人に対し弁明の機会を与えることとされ(同7(3)ロ)、その処理が終了した場合には、権利者等に対し、処理結果を連絡することとされた(同7(4))。

もっとも、旧通達は、改正前定率法のもとでの通達であるから、職権による水際取締りを前提としたものであり、右のような手続が通達上定められたのは、職権による水際取締り手続の明確化、透明化を図るとともに、輸入差止により不利益を受ける輸入者に対し弁明の機会を与えるためであった。

(三) さらに、その後、平成七年一月一日、TRIPS協定が発効したが、同協定は、知的所有権の行使のための措置及び手続自体が正当な貿易の障害とならないことを確保しつつ、私権としての知的所有権の有効かつ十分な保護を図るために、協定されたものであり(同協定前文参照)、商標権等の権利者が、侵害物品の自由な流通への開放を停止するよう、権限のある当局に対し申立てを書面により提出することができる手続を採用すること(五一条一文)、その場合に輸入者や権利者へ輸入差止めや侵害物品該当の有無等の通知を行う等の認定手続を整備すること(五四、五五、五七条)、輸入者等の保護のため担保提供の規定を設けること(五三条一項)が規定されている。

なお、五一条二文は特許権等を含むその他の知的財産権についても、商標権等と同様の認定手続等の制度を整備すれば、差止申立手続を採用することができること、五八条は、職権による開放停止制度を設ける場合には、情報の提供を権利者に求めることができること、輸入者及び権利者は、速やかに停止の通知を受けることを規定している。

このように、TRIPS協定は、商標権等とそれ以外の知的財産権とを区別して、少なくとも商標権等に関しては、輸入差止申立制度を整備することを規定している。これは、偽ブランド品等の商標権侵害行為やレコード、ビデオ等の海賊版、違法コピー等の著作権侵害行為等は、その侵害の有無の判定が比較的容易であることから、規定されたものであり、侵害の有無について判定が困難な商標権等以外の知的財産権に関し輸入差止申立制度を導入すると、権限のある当局の判断能力の限界から、審査に時間を要して、その間輸入ができないなどの事態が起こり、自由な貿易の障害になりかねないことを考慮して、輸入差止申立制度の整備までを要求せず、職権による取締りにおいて権利者への通知などの手続を整備することを要請するに留めている。

(四) これを受けて、改正定率法が、平成七年一月一日から施行された(改正附則一条)。

改正定率法においては、商標権等について申立手続制度が採用され、商標権者等に認定手続を執るべきことの申立権が与えられ、右申立の受理、不受理の通知が義務づけられた。そして、認定手続を執ったときは、申立人らに対して当該貨物の点検の機会を与えなければならないとされ(二一条の二)、輸入者が被るおそれのある損害を担保するため、申立人に対し担保の供託を命ずることができることとされた(二一条の三)。

一方、知的財産権一般について、侵害する貨物を没収して破棄し、または積み戻しを命ずるためには、職権による認定手続を執ることを要する旨の規定を定め、認定手続を執る場合には、輸入者のみならず知的財産権者に対して認定手続を執る旨の通知をするものとされた(二一条)。認定手続において、知的財産権者は、当該貨物が権利を侵害するものであることについて証拠を提出し、意見を述べる機会を与えられ、提出された証拠について意見を述べる機会を与えられることになった(施行令六一条の三)。

また、改正定率法の施行に伴い、旧通達は廃止され、新通達が実施されたが、新通達によれば、認定手続について、輸入者及び権利者が証拠を提出し、意見を述べることができる期限は、認定手続を執る旨の通知書の日付の翌日から起算して一〇日以内とし、一月以内に認定に必要な調査を行うこととされており、認定手続が開始されると少なくとも一月間は、輸入できないこととなるとされた(新通達8(1)ロ(ロ)、ハ(イ)、(2))。また、旧通達のもとで行われていた知的財産権一般についての知的財産権者からの輸入差止申立は、新通達において特許権等の権利者に認められた「輸入差止情報提供」として同様の取扱いがなされることとされた(新通達7)。

(五)  以上のように、知的財産権侵害物品の水際取締りについては、TRIPS協定の締結を受けて、改正定率法が施行され、初めて商標権等に関して、権利者が税関長に対し認定手続を執ることを請求できる申立制度が認められたが、右申立がなされない商標権等や特許権等については、弁明手続として認定手続が執られることが明定され、右手続への権利者の関与を認めて、その手続の明確化・透明化を図っているものの、なお職権による水際取締りが行われていることに変わりはなく、権利者のなす輸入情報提供は職権取締りの効率的な運用をするためのものであることに変わりはない。

2(一) 前記のとおり、改正定率法二一条四項本文によれば、職権による水際取締りの場合においても、税関長は、当該輸入申告貨物が、同条一項五号に掲げる貨物に該当すると思料するときは、認定手続を執らなければならないとされており、税関長が「思料したとき」には、認定手続を執ることは義務的であり、税関長が思料したにもかかわらず、認定手続を執らないといった裁量は認められない。

よって、認定手続を開始するか否かは、税関長が、当該輸入物品を侵害物品と「思料する」か否かの判断に係るものである。

(二) 既に判示したとおり、認定手続は、基本的には、侵害貨物であるとして廃棄、積み戻しを命ずる行政処分をするために、輸入者からの弁明を聞く手続であり、輸入者が侵害の事実を争うような場合に、侵害事実について最も事情を知る立場にある権利者に証拠の提出と意見を述べる機会を与えるものにすぎず、輸入者と権利者に意見を述べさせて、税関長がこれを判定するという訴訟類似の判断手続ではない。

税関長が、「侵害すると思料して」認定手続に入るためには、輸入差止申立がなされている商標権等については、侵害物品であることが比較的容易に判断できるので、発見から速やかに認定手続に入ることが可能であるが、特許権等については、権利の範囲の解釈と侵害物件が技術的範囲に属するか否かについて専門的知識に基づいた慎重な判断を要する上、先使用権を有する等の理由で技術的範囲に属するとしても直ちに権利の侵害には該当しないことがあるので、これらの事項が問題となることが判明した場合には、これらの点についてもそれなりの調査をし、「侵害すると思料できる」ようになった段階で、認定手続を執ることとなる。

この点、原告らは、輸入情報の提供を受けているときは、輸入情報提供書によってのみ、輸入申告貨物が権利の技術的範囲に該当するか否かを判断し、該当すると判断したときは認定手続に入り、認定手続の中で、輸入者と権利者に証拠を提出させ、意見を聴取して、技術的範囲に該当するか、先使用権が認められるか、冒認により権利濫用にならないかなどを判断すべきであり、認定手続を執るかどうかを判断する段階で、輸入者や権利者から事情を聴取し、証拠を提出させることは、許されないと主張する。

しかしながら、認定手続の開始要件である税関長が侵害と思料するためにどのような資料を用いるかについては、何ら規定はなく、税関長はその職責として、自己の判断で輸入差止情報提供書以外の資料を収集して、適正な職権の発動につとめるべきである。

なお、原告らは、税関長が職権によって輸入者のみから資料を収集すると、権利者は反対証拠の提出、意見提出の機会が保障されなくなると主張するが、そうであるからといって、税関長が職権で資料を収集することが違法であることの理由にはならない。なぜなら、既に判示したように、そもそも特許権等における水際取締りは、税関長の職権で行われるものであり、新通達上認められている輸入差止情報提供書は、単に税関長の職権発動を促す一つの資料にすぎず、また、輸入許可は輸入者に対する処分であって、権利者に対する直接の処分ではないから、権利者に弁明の機会を与えることが必ずしも要求されるとは解されないからである。

したがって、税関長が認定手続を執るか否かを思料するに当たって輸入情報提供書以外の資料を収集したことが違法となるのは、その収集が輸入者を不当に利する目的であったなどその動機が著しく不法であるといった特段の事情が必要であると解するのが相当である。

(三)  争いのない事実等によれば、税関職員は、本件処分に先立って、実質的な輸入者である丁より、「御通知書」と題する書面、発注書、パンフレットの各写し、「上申書」と題する書面、「確認書」と題する書面及び売上伝票を入手しているが、そのきっかけは、証拠(乙一一、証人郷田暘)によれば、税関職員が、平成七年一二月一八日、本件輸入申告貨物が本件実用新案権の技術的範囲に属すると認識したので、輸入者が権利者から輸入の同意を得ているか否かを確かめるためであったと認められる。

そして、特許権等の場合にはその技術的範囲に属しても、権利者が輸入を許可していれば侵害にはならないという特殊性があり、その一方で権利者が輸入者の輸入を同意しているか否かは、容易に判明するものであるから、このようなことを税関職員が輸入者に確認することは、知的財産権の保護を図りつつ迅速な通関も果たせるものであり、何らその動機に不法な点はみられない。

また、右確認の結果、輸入者が独自の判断で提出してきた非侵害性に関する資料が提出された場合には、それをも認定手続開始の判断資料とすることは、迅速な通関に資するものであるから、何ら違法ではないと解される。

さらに、税関職員が実質的輸入者から本件輸入申告貨物が本件実用新案権を侵害するか否かについての資料を収集するに当たって不法な動機を有していた等の特段の事情を推認させる事情は認められないから、本件で、税関職員が、本件情報提供書以外の資料を実質的な輸入者である丁より収集したことにつき、違法な点は存しない。

(四)  次に、本件において、税関長が「侵害と思料」せず認定手続を執らなかったことに、違法性があるかについて判断する。

税関長は、水際取締りの趣旨に従い、可能な限り、侵害の有無について調査し、検討すべきであるが、特許権等については前記のとおり侵害の有無の判断には専門的知識を要し、その該当性や先使用権の有無等について適正な認定をするにはそれなりの証拠調等を要するものであるものの、認定手続は訴訟手続類似の仕組みにはなっていないこと、そして、認定手続開始通知書の日付の日から三〇日以内に認定の結果を出すこととされており時間的にも制約があること、以上のような認定手続における制約があるので、税関長が侵害すると思料するにあたっては、このような制約の下で認定手続において侵害物件であると認定できる見込みの程度をも考慮せざるを得ないものと認められる。したがって、税関長の判断の適否を検討するにあたっては、このような見込みの程度も考慮せざるを得ない。

また、権利者は、侵害行為を排除するためには、権利に基づいて、輸入禁止の仮処分などをすることができ、通関後においても侵害物件の譲渡、使用禁止などの仮処分で対抗し、損害賠償訴訟を提起して損害を回復することが可能であり、それが権利の本来的効力である。このようなことも、税関長の判断の適否を検討するにあたって、考慮に入れるべきである。

以上の諸事情を考え合わせると、税関長が輸入申告貨物が知的財産権を侵害すると思料できたといえるためには、税関長が入手した資料に基づけば、相当程度侵害の疑いが認められたことが必要であると解される。

したがって、税関長が入手した資料に基づけば、輸入申告貨物が知的財産権を侵害しているとの疑いが相当程度認められるにもかかわらず、認定手続を執らなかった場合には、税関長の右不作為を違法と評価するのが相当である。

(五)  争いのない事実によれば、本件で税関長が認定手続を執らなかったのは、本件輸入申告貨物が本件実用新案権の技術的範囲に属するとは認めたものの、実質的輸入者である丁が本件実用新案権に関して先使用による通常実施権を有していると判断し、本件実用新案権を侵害すると思料しなかったからである。

ところで、先使用による通常実施権が成立するためには、(1)実用新案出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をしたこと、又は実用新案に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得したこと(2)実用新案出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又は事業の準備をしている者であること(3)被告の実施態様がその実施又は準備している発明及び事業の目的の範囲内であることの要件が必要である。

そして、争いのない事実等によれば、本件で、税関長が本件処分をした際、入手していた資料は、輸入申告書、仕入書、本件輸入申告貨物の現品、「御通知書」と題する書面、発注書、パンフレットの各写し、「上申書」と題する書面、「確認書」と題する書面及び売上伝票であった。そして、「上申書」と題する書面は、後藤弁護士が作成したもので、その内容は、本件輸入申告貨物は丁の代表取締役が考案し、丁は昭和六二年四月から本件輸入申告貨物と同じ商品を販売しており、途中で商品名を「バリスタン」に変更したこと、原告甲は同一商品を「セフテムスタンド」という商品名で販売しているというものであった。また、「確認書」と題する書面には、丁が「セフテムスタンド」を昭和六二年三月から販売していたとの記載があり、「御通知書」と題する書面は本件輸入申告貨物が輸入申告される以前から原告会社と丁との間で鋳物製バリケード台に関して争いがあり、丁は原告甲に対して先使用権を主張していたとの記載がある。

以上の資料からすると、丁は本件実用新案権の出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした丁の代表取締役から発明の内容を知得して、本件実用新案権の出願の際、現に発明実施の事業をしていること、本件輸入申告貨物は、右実施をしていた発明及び事業の目的の範囲内であるとの記載が認められ、先使用権が認められる前記三要件について、一応の主張とその裏付け証拠が提出されたということができる。なお、「上申書」と題する書面の内容は、意匠権に関し先使用に基づく通常実施権を主張するものであるが、先使用に基づく通常実施権の成立要件に関しては、意匠権と実用新案権とでは違いはないので、「上申書」と題する書面の内容が意匠権に関するものであるからといって、本件実用新案権に関し先使用に基づく通常実施権を有するか否かを判断することは不当ではない。また、証拠(乙一一、証人郷田暘)によれば、税関職員は、平成七年一二月一九日、後藤弁護士から実用新案権についても先使用に基づく通常実施権を有しているとの回答を得ていることも認められる。

もっとも、証拠(乙四の一ないし乙六、乙一一、証人郷田暘)によれば、税関職員は、丁の代表取締役が実用新案に係る発明の内容を知らないでその発明をしたこと及び本件輸入申告貨物が本件実用新案権の出願以前に丁が実施していた発明の範囲内であることは、そのように記載されている「上申書」と題する書面によってしか確認しておらず、特に出願以前に販売されていた物の設計図等を確認したわけではないことが認められる。

しかし、証拠(乙一一、証人郷田暘)によれば、名古屋税関金城埠頭出張所では年間六万件もの輸入通関を処理していることが認められるように、税関は多数の案件を迅速に処理しなければならない職務を負っていること、税関長は行政機関であるから、司法機関と同程度の判断能力を求めることは困難であるところ、本件で輸入者より主張されたのは先使用に基づく通常実施権という技術的範囲の属否という問題よりもより高度な事実認定能力が要求されるものであること、「上申書」と題する書面は、弁護士である者が作成していることからすると、税関長が本件で収集した資料に基づき、丁は本件実用新案権について先使用に基づく通常実施権を有しており、本件輸入申告貨物は右実施権の範囲内であると判断したことが不合理であるとはいえない。

したがって、本件輸入申告貨物が本件実用新案権を侵害する疑いが相当程度認められたということはできない。

(六)  よって、本件で、税関長が、認定手続を執ることなく本件処分をしたことが職務上の義務に反したとはいえず、違法であるということはできない。

三  結論

以上より、本件処分に関し、税関長の行為に違法性は認められないから、原告らの損害についての判断をするまでもなく、原告らの請求には理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野田武明 裁判官森義之 裁判官安永武央)

別紙登録請求の範囲〈省略〉

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